藪の中、かなぁ

白髪の翁の話し
「おっしゃるとおり、3日ほど前の晩でした。9時過ぎでしたかねえ、少し酔ってましたが自分ではしっかり歩いているつもりでした。駅からしばらく歩いて、そうですねえ20メートルほど先、歩道の右端で自転車を止めて立ってる女の人が見えました。なんか困った顔付きでしたねぇ。どうしたんだろうと見ていると自転車を押して道の左側に移動してまた止まりました。もうほんの近くまで来てたので、私にしては珍しいことなんですが、『どないしたん?』と声をかけました。普通なら関わりにならんように素通りしたはずです。やはり酔っていたんでしょうね。ええ、そしたら女性が、そうですねぇちゃんと顔を見たわけではないですが30過ぎくらいだったかな、髪の長いひとでした、そのひとが『自転車のバッテリーが切れたので押して歩いていたけど疲れたんです』てなことを言ったと思います。ちょうど自転車の真後ろまで来てたので、『後輪を持ち上げれば自転車を押していくのにずいぶん軽くなるだろう』と思いましてね、ちょいと荷台を持ちあげてみました。思ったよりも重くてね、すぐ下ろしました。さて、どうしよう。私では後輪を持ち上げたまま自転車を動かすのは無理だな、と思案していたら、私たちの右手を追い越して行った若い男性がこちらを見ていたのですがね、近づいて来ます。そや、彼に任そう、力ありそうやし。『こういう時は、若者の出番やね』と言いましてね、それで立ち去りました。女性の方を見なかったのは、なんか格好つけたというか、さりげなく立ち去るのがおっさんの美学てなつもりでした、はい。」

髪長き乙女の話し
「その日の朝は会社に遅れそうで、つい、自転車に乗りました。はい、いつもは歩きです。バッテリーが心細いのは後で気が付きました。案の定、帰り道でストップしました。仕事のあとで友達と食事をして、はい、ワインを少々飲みました。あ、でも飲酒運転という程には・・・、え、少しでもダメですか。そうですよね、すみません。それで駅から乗ったのですがすぐにペダルが重くなって、そのうちバッテリー切れでストップ。降りて押し始めました。結構重いんですよね、電動自転車って。なので一休みしてたんです歩道の脇で。ふり返るとおじさんがふらつきながらこちらにやって来ました。酔ってるのはすぐにわかりました。絡まれたらやなので自転車を道の反対側に移動させました。おじさんの通り道を空けるためです。でも、ちょっと遅かったみたいで、私の方に向ってきました。そして『どないしたん?』と親しげに話しかけてきました。早く行って欲しかったので、当たり障りのない説明をしたつもりだったのに、突然何も言わずに後輪を持ち上げたのにはびっくりしました。でも、重たかったようでよろけながらすぐに下ろしました。何をされるかわかんないのでじっとしていたら、通り過ぎようとしていた男の人が気遣って近寄って来てくれました。そしたらおじさんはなにかボソボソ言いながら、こちらに顔も向けずに決まり悪そうに歩き出しました。正直ほっとしました。変なことになったらどうしようって、ずっと気がかりだったので」

さてさて、この時に通りかかった若者の話も聞いてみたいものですな。